木漏れ日日記

木漏れ日の下で、季節の風を感じながら木や花にかかわるあれやこれのつぶやき・・・

庭の落ち葉を掃くという事

子供の国語の教科書?だったかと思うんですが、

学年が変わって廃品回収に出す時に紐で縛っていて、ふとパラパラめくって読んでいたら、つい夢中に読んじゃった…なんてことがあります。

その中で、詳しくは覚えていないんですが、「日本の美しい段々畑の景観」はどうやってできたか?みたいな事が書かれていました。

 つまりそれは美しい景観を造ろう!と思ってできた訳ではなく、その土地の人が生きるために不利な地形を開拓し、畦の草刈りをして、作物を作り、来る日も来る日も、何年も何年もそうやってきた「結果」としてそうなったのだ…と

 拡大解釈かもしれませんが、端的に言えば、日々の暮らしの中にある個々の人の慎ましい努力が、歴史となって今に至ると、かけがえのない貴重な景観という財産になっていた…という訳です。

 古い庭を訪れると似た事を思います。最初にそこにお庭を造ろうと思った人、作庭家、それを現代にまで守り受け継いだ人たち…一人一人の努力は意外と慎ましいものだったかもしれません。 特に苔が一面に広がる景色とか…来る日も来る日もここに積もる落ち葉の掃き掃除を続けた人がいるわけで、最初から苔を張り巡らして完成したのではないはずです(現代のお庭工事は最初から苔貼りますけど・・・)

 庭仕事は仕上げは掃除と決まっています。若い職人を連れて仕事をしているとそうした掃除仕上げに直接自分が手を入れない事も多くなってきます。でも時々、這いまわって庭木の根元に手を入れ落ち葉とか「ひこばえ」とかを丁寧にかき集めて、手ホウキとかで掃き掃除をしたりしていると、「無心に美しいものを追求する」初心が戻ってくるように思いました。

 

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